根小屋城(ねごや)
 別称  : 三島根小屋城
 分類  : 山城
 築城者: 羽尾氏
 遺構  : 曲輪跡、土塁、堀、虎口跡
 交通  : JR吾妻線岩島駅徒歩25分


       <沿革>
           江見山城守の居城とされる。『日本城郭大系』には、永禄初年(1560頃)の築城とあるが、
          根拠は不明である。山城守は岩櫃城主斎藤憲広に城を逐われ、信濃へ落ちたとされる。
           憲広は、娘婿の浦野下野守を根小屋城主とした。下野守は、滋野氏流浦野氏の一族で、
          大戸城主大戸(浦野)真楽斎の従兄弟ともいわれる。
           永禄六年(1563)に憲広が真田幸隆に岩櫃城を奪われると、下野守は真田氏に従ったと
          される。根小屋城のその後は不明だが、下野守は天正三年(1575)の長篠の戦いで戦死
          したとされる。

       <手記>
           地名は根古屋ですが、城名は一般的に根小屋城と書かれるようです。より広域の地名を
          とって三島根小屋城とも呼ばれますが、そもそも根小屋とは城の居住エリアを指すものです
          ので、いずれも当時の呼び名かどうかは疑わしいところです。あるいは「三島城」と呼ばれた
          可能性も高いように思いますが、詳細は不明です。
           根小屋城は、吾妻川に向かって延びる細長い尾根に築かれた城で、対岸には岩下城
          ありました。岩下城は、斎藤憲広の父憲次が岩櫃城へ移る前に住していた城です。憲広が
          根小屋城主江見山城守を逐った理由は不明ですが、あるいは憲次の代から確執があった
          のかもしれません。
           根小屋城は、「鉄塚」と呼ばれる麓の丘陵部と、「斥候山」と呼ばれる尾根筋の山城部の
          2つの部分から成っています。城山の南を流れる吾妻川の支脈沿いに谷を少し遡っていくと、
          鉄塚へ登る脇道があります。鉄塚は、おそらく城主の居館部で(それこそ根小屋に相当)、
          広めの削平地が細長く続いています。中ほどに櫓台状の土塁がありますが、この上に何が
          乗っていたのかは、判断の難しいところです。
           鉄塚からさらに奥へ進み、獣除けの電圧線を越えて山城部に向かいます。まもなく、虎口
          跡と思しき土塁に出迎えられますが、これを最後に地獄の尾根筋ハイキングに突入します。
          道なき急斜面を、何度も足を踏み外しそうになりながら延々と登り続けます。途中、人工の
          削平地なのか自然地形なのかよく分からない平場をいくつも乗り越えながら、終わりの見え
          ないクライミングに、心が折れそうになります。「儀一の城館旅」の儀一さまとご一緒させて
          いただいていなければ、おそらく折れていたと思います(笑)。
           斥候山で、確実に城の遺構と断言できるものは、2ヶ所あります。1つは、山頂の本丸一帯
          で、石祠のある本丸は、前後に小さな腰曲輪をしたがえています。その背後には2条の堀切
          があり、とくに最奥の2条目の堀切は、根小屋城内で最大の遺構といえると思われます。
           もう1つは、本丸と鉄塚のちょうど中間付近に位置する細長い曲輪で、この曲輪の北辺には
          土塁が築かれています。この曲輪も、背後(山側)に2条の堀切を備えています。『中世城館
          調査報告書集成』や『大系』所収の縄張り図には、この2条堀切の間があたかも櫓台か何か
          になっているように描かれていますが、実際には、堀切に挟まれた部分が少し盛り上がって
          いるに過ぎません。
           根小屋城の特徴は、何といっても、前述のとおり尾根筋に延々と小さな平場が続く異様な
          縄張りです。斥候山の山頂は、対岸の岩下城よりも130mも高い位置にあります。ここからは
          私見ですが、中腹の曲輪にも堀切が2条穿たれていることから、当初はこの中腹の曲輪まで
          が城域で、後に斥候山山頂まで拡張されたのではないかと推測しています。理由や時期は
          見当がつきかねますが、最初からあんなに細長く高い城が必要だったようには、私には思え
          ません。

           
 岩下城下から根小屋城址を望む。
鉄塚の削平地。 
 鉄塚の櫓台状土塁。
山城部入口の土塁。虎口跡か。 
 斥候山山頂の本丸。
本丸下の腰曲輪。 
 本丸背後の堀切1条目。
2条目の堀切。 
 中腹の曲輪の土塁。
中腹の曲輪背後の2条堀切を望む。 
 中腹の曲輪背後2条目(山側)の堀切。
以下、おそらく曲輪跡ではないかと思われる平場。 
その1。 
 その2。
その3。 
 その4。


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