並榎城(なみえ) | |
別称 : 上並榎の砦、上並榎城 | |
分類 : 平城 | |
築城者: 並榎氏 | |
遺構 : 曲輪跡、土塁、堀 | |
交通 : JR高崎駅よりバス。 「上並榎町」「上並榎」バス停下車徒歩3分 |
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<沿革> 和田城付きの騎馬衆並榎将監・並榎庄九郎の居城と伝わる。並榎氏は、武蔵七党の1つ児玉党 の流れをくむ阿佐美氏の庶流とされる。 ただし、『長野業政家臣録』や永禄元年(1557)の着到状には、飯塚左衛門丞忠則という人物が 並榎城主となっている。飯塚氏については、並榎城の東1.5kmほどのところにある飯塚城との関連 が考えられる。いづれかの時期に城主の交代があったものとみられるが、詳細は不明である。 <手記> 並榎城は、烏川と佐賀野川に挟まれた舌状台地の先端に位置する城です。城の中心部をJR信越 本線が貫通していますが、おおよその城域の把握はさほど難しくありません。城の南麓は河川敷の 公園となっていて、そこから主郭部の全景が望めます。 佐賀野川に面して本丸があり、その西から北にかけて二の丸があります。本丸西の堀が、通路と なって残っています。佐賀野川は、線路の北側で2度直角に折れ、明確に城の外濠としての性格を 表しています。 城址碑や説明板はありませんが、周辺の他の古城址に比べ、城があったこと自体はわりと分かり やすいのではないかと思います。 |
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南側から本丸を望む。 左端に堀跡の通路が見えます。 |
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二の丸のようす。 | |
城の外濠であった佐賀野川のようす。 |