乗政城(のりまさ)
 別称  : なし
 分類  : 平城
 築城者: 吉川則政か
 遺構  : なし
 交通  : 下呂温泉街から車で15分


       <沿革>
           永長年間(1096〜97)に吉川遠江守則政が築いて居住したとされる(『飛騨遺乗合府』『斐太
          後風土記』)。乗政の地名はかつて則正とも書かれ、則政に由来すると考えられている。
           乗政城および吉川氏のその後については定かでない。


       <手記>
           乗政城は乗政川と桐洞谷の合流点に臨む河岸の角にあったとされ、城平の字が残っている
          そうです。現況は圃場整備された水田で、城館があっておかしくない選地ですが、遺構らしき
          ものは見当たりません。
           乗政谷は南北に長く緩やかで、沢水も多く比較的生産性の高い地域だったと推測されます。
          当時の街道は城の南方から山筋に入って初矢峠を越え、下呂に至っていました。乗政川下流
          には、後に戦国大名となる三木氏(姉小路氏)の初期の居城である宮地城があり、要所として
          古くから開発が進んでいたとしても不思議ではないでしょう。ただ、平安時代末に武士の城館
          が営まれていたというのは眉唾で、遠江守などという名乗りも不自然です。あるいは、永享や
          永正など年号の誤伝によるものでは、などとも思ったりします。

           
 乗政城跡現況。
同上。 
 南側を流れる桐洞谷。
乗政川沿いの斜面。 


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