小山田一号遺跡(おやまだいちごう)
 別称  : 小山田遺跡群No.1遺跡
 分類  : 平山城
 築城者: 小山田氏か
 遺構  : なし
 交通  : 小田急線・JR横浜線町田駅よりバス
       「桜台2丁目」バス停下車徒歩10分


       <沿革>
           小山田桜台の開発にともなう発掘調査で発見された、武士の館跡である。天目茶碗も
          検出されたことから、平安時代末期から室町時代中期ごろまでのものと推定されている。
          周辺には「牧畠」や「窄場」といった小字がみられることから、平安時代末期に小山田城
          を築き、周辺を開拓した小山田氏の館ではないかと考えられている。
           しかし、小山田氏の嫡流は建武三年(1336)の湊川の戦いにおける小山田高家の戦死
          によって途絶えたものとみられており、その後文明八年(1476)の長尾景春の乱までは
          上杉頼重の庶子頼成にはじまる小山田上杉家(千秋上杉家)が小山田荘にあったものと
          考えられている。
           なお、東京都史跡としての登録名は「小山田一号遺跡」であるが、遺跡としての呼称は
          「小山田遺跡群No.1遺跡」である。


       <手記>
           小山田桜台の北西端に位置するこぶし公園の一角に、小山田一号遺跡があります。
          鶴見川最源流の沢の1つに面した谷戸の斜面上に位置し、その一部が地表復元されて
          います。その他石碑と説明板もしっかり設置されており、見つけにくいという1点を除けば、
          よく整備された史跡といえます。
           ただ、説明板を読んでも、地表復元された箇所を歩いてみても、どのような館であった
          のか今ひとつピンときません。おそらく、先史専門の考古学の方が担当なさったためだと
          思うのですが、「中世武士の居館の臨場感が再現されています」と胸を張って書かれて
          いるわりには、残念ながら城跡マニアの私には伝わってきませんでした。
           個人的な直感としては、武士の「居館」というよりは、開発・経営にともなう「施設」の跡
          ではないかと考えています。先述のとおり水源地であり、有数の馬産地である横山丘陵
          の一端であり、また南に下れば境川沿いの矢部や淵野辺、北に向かえばやはりいくつか
          の館跡が発見されている別所や堀之内に至ることから、通商路でもあったのではないか
          と推測されます。
           このほかにも、桜台には中世の建物跡や井戸跡、溝などが検出されている遺跡が2つ
          ほどあり、小山田荘を開拓するうえで、谷戸ごとに必要な施設が建てられていたのでは
          ないかと思われます。

           
 小山田一号遺跡石碑。
遺跡の地表復元面。 
 谷戸の底側(こぶし公園)から遺跡周辺を望む。


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