植松城(うえまつ) | |
別称 : 満仲館 | |
分類 : 平山城 | |
築城者: 不明 | |
遺構 : 切岸か | |
交通 : JR東北本線館腰駅徒歩10分 | |
<沿革> 植松城跡とされる雷神山古墳は、5世紀後半ごろの築造と推定されている東北地方 最大級の前方後円墳である。植松城については、10世紀の武士で陸奥守を受領した 多田(源)満仲が築いたと伝わるが、確証はない。 <手記> 雷神山古墳は三方を仙台平野の低地が囲む丘陵地帯の一画にあり、往時は周囲 からさぞ威容をもって見上げられていたでものと推測されます。3段で構成される墳丘 は史跡公園として整備されていて、古墳にはさほど興味のない私にもわかりやすく、 見応えがあると思いました。 他方で城跡というとその痕跡を探すのは困難です。畿内などでは、古墳を転用した 城は珍しくありませんが、そもそも東北では城館に使えるほど大規模な古墳は限られ ているはずです。中世の堀や土塁の跡が見つかっているそうですが、それが城館の 遺構なのかも定かではありません。古墳の周囲には周堤と周濠があったようですが、 周堤の内側に周濠があり、城砦化に伴って築かれたとするには不自然です。 このように明確に城があったとは断言しがたいですが、古墳の北には淡路館が、南 には古館があったとされることから、雷神山古墳も何らかの形で丘陵一帯の防備に 携わっていたとしても、不思議ではないように思います。ただし、多田満仲の時代に 古墳を城砦に用いる事例があったかというと、それはかなり疑わしいでしょう。 最後に、雷神山古墳は駐車場も無料で駅からも徒歩で行けますし、家族の休日にも おすすめの、とても素晴らしい史跡公園だと感じました。 |
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雷神山古墳を東側から。 | |
同じく北側から。 | |
後円部頂上のようす。 雷神山の由来となった雷神様の祠が見えます。 |
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前方部から後円を望む。 | |
周濠・周堤越しに東側平野部を望む。 |