龍臥城(りゅうが)
 別称  : なし
 分類  : 平城
 築城者: 豊臣秀吉
 遺構  : なし
 交通  : 地下鉄烏丸線四条駅/阪急京都線烏丸駅徒歩10分


       <沿革>
           天正十四年(1586)二月より羽柴秀吉(同年十二月に豊臣姓を拝領)は聚楽第の造営を開始
          し、翌年に完成させた。同じころに五条坊門高倉の地に別邸として龍臥城を築いたとされる。
           他方、仏光寺寺伝によれば、天正十四年に秀吉は仏光寺を龍臥城の地に移転させ、仏光寺
          跡地に方広寺大仏殿を建てた(現在の豊国神社の地)。寺伝が正しいとするならば、仏光寺は
          龍臥城と同時かそれ以前に建立されていたことになる。
           記録によれば、方広寺は天正十四年に東福寺近辺での造営が計画されたが、まもなく中断
          され、同十六年(1588)に現在の地に場所を変更して建設が開始された。したがって、仏光寺
          の移転も天正十六年である可能性が高いものと推測されるが、詳細は不明である。
           また、仏光寺移転とともに廃城となったものと考えられるが、廃城の経緯についても詳らかで
          ない。ちなみに、聚楽第は文禄三年(1595)に廃されている。


       <手記>
           現在の仏光寺が龍臥城跡です。性格としては完全に秀吉の別荘ですが、当時は四周に城郭
          としての備えが施されていたということです。
           また、仏光寺北側の洛央小学校の敷地内からは、平成四年(1992)の発掘調査で戦国時代
          に京の町衆によって築かれた惣構の堀が検出されました。この堀は、仏光寺まで南北方向に
          続いているものと推定されています。
           とはいえ、仏光寺境内には城跡を思わせるようなものは残っていません。

           


龍臥城址(仏光寺)。


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