吉田本城(よしだほん)
 別称  : 吉田城
 分類  : 平城
 築城者: 吉田氏か
 遺構  : 曲輪、堀、土塁、虎口
 交通  : JR飯田線市田駅徒歩30分


       <沿革>
           松岡城主松岡氏の家臣・吉田氏の城とみられているが、史料による裏付けはない。永禄年間
          (1558~70)には吉田弾正が当主であったといわれる。


       <手記>
           天竜川と胡麻目川の削った河岸上に、吉田本城と吉田古城が隣り合って並んでいます。古城・
          本城と呼ばれているものの、史料などにはみられないため両城の主副や新旧といった関係性に
          ついてははっきりとはしていないようです。
           車で訪れる場合、本城との分岐角を古城方面へ向かうと、途中の道は細くて心配になりますが、
          曲輪下に広い駐車スペースがあるので、本城へもここから行くのが吉です。城内の林に入って
          すぐ右手に、お社の祀られた区画があり、堀や土塁の痕跡が巡ることから出郭とされています。
          出郭の堀を利用した道は沢沿いに下り、主郭へはそこを逸れて二の郭の空堀を経て竹林へ進み
          ます。二の郭の主郭側の堀際には現地で「隠し曲輪」とされる小テラスがありますが、どのような
          目的で設けられているのかはにわかに分かりません。
           空堀を越えると、喰い違い状になった虎口を抜けて主郭に至ります。主郭の南東隅には物見台
          状の土塁の上に小社が建ち、虎口の土塁と繋がっています。
           いったん戻り、先の道を下っていくと、主郭南西斜面に竪土塁や竪堀も認められました。これら
          の造作は松岡城やその支城にも見られるもので、松岡家臣たる吉田氏の城であることの傍証と
          いえるでしょう。
           全体として、技巧的で実戦的な本城に対し、古城は単郭で防御より居住を重視したつくりである
          といえます。どちらが先かは表面観察からは判断できませんが、両者が別個の目的で築かれて
          おり、新旧併存していたのではないかとは推察されます。

           
 出郭跡。
出郭の空堀。 
 二の郭の空堀。
同上。 
 二の郭の隠し曲輪。
主郭の空堀と土橋。 
 同上。
主郭の喰い違い状の虎口。 
 虎口脇の土塁。
主郭内のようす。 
 主郭南東隅の土塁と小社。
主郭南西斜面の竪土塁。 
 同竪堀跡。


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