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滝川氏館(たきがわし) |
別称 : 滝川左門館 | |
分類 : 平城 | |
築城者: 滝川左門 | |
遺構 : 土塁か | |
交通 : 小松駅からバスに乗り、 「月津」下車徒歩10分 |
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<沿革> 加賀藩初期の家臣・滝川玄蕃左門の屋敷とされる。左門は滝川一益の子で、はじめ 能登の前田利政に仕え、利政が慶長五年(1600)の関ヶ原の戦いで改易とされると、 加賀国額見に閑居したとされる。 慶長二十年(1615)の大坂夏の陣に際し、左門は加賀藩主・前田利常の先鋒として 参陣し、大坂城黒門前に奮戦して討ち死にしたと伝わる。ただし、史料上は一益の子 に「玄蕃」「左門」の名は見られない。実在したとすれば、左門の死によって額見の館も 廃されたものと推測される。 <手記> 滝川氏館については『日本城郭大系』に記載があるものの遺跡地図にはみられず、 どこにあるのか定かでありませんでしたが、地図を眺めていたら「左門殿古墳」なるもの があったのでとりあえず訪ねてみました。そこは方形の土壇状の墓地で、その中央部 に「滝川玄蕃左門殿碑」という立派な石碑が建っていました。その背後には「左門殿塚」 という円墳状の小さな土盛りも見られます。 上掲の左門の来歴は、その碑文に記されていた内容です。ただし、上述の通り左門の 実在性は担保されていません。とはいえ架空の人物とも思えず、一益の子ではなくとも 滝川氏の一族ないし重臣であった可能性は十分にあるでしょう。 墓地の周囲には区画整理された畑地が広がっていますが、旧地形に基づいているの かは不明です。また、碑文には額見の中央に屋敷があったとも書かれており、墓地が 館跡とは断定できない点にも留意が必要です。 |
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北東から左門殿塚の墓地を望む。 | |
滝川玄蕃左門殿碑。 | |
左門殿塚。 | |
墓地からの眺望。 | |
背後から墓地の土壇を望む。 |