梅小路城(うめのこうじ)
 別称  : なし
 分類  : 平城
 築城者: 不明
 遺構  : なし
 交通  : JR東海道本線西大路駅下車徒歩10分


       <沿革>
           いつごろ誰によって築かれたのかは定かでない。山本正男「京都市内およびその近辺の中世城郭」
          (『京都大学人文科学研究所調査報告 第53号』)によれば、城に南隣する円光寺所蔵の江戸時代の
          古地図に、藪土居に囲まれた城跡のようすが描かれているという。
           『長享年後畿内兵乱記』によれば、永禄元年(1558)五月九日、松永弾正(久秀)・三好日向(長逸)
          らの軍勢が梅小路に陣取っている。
           天正元年(1573)四月四日、織田信長の上京焼き討ちで、西梅小路一帯にも火が放たれている。
          上京焼き討ちは、信長に明確に反旗を翻した足利義昭に対する示威として行われたもので、基本的に
          下京は対象外であった。にもかかわらず焼き討ちに遭っていることから、当時の梅小路城主が信長に
          親義昭派とみられていたとも推測される。このとき、同じく下京郊外にある若山氏館周辺(東塩小路村)
          も焼かれている。


       <手記>
           梅小路城は、円光寺の北、御前通の西にあったとされています。遺構や案内等はありません。

           
 梅小路城南隣の円光寺。
梅小路城北辺のようす。 


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