前城 ( Vorderburg ) |
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別称 : フォアデアブルク城 | |
分類 : 平山城(Hügelburg) | |
築城者: ウルリヒ1世・フォン・シュタイナハか | |
交通 : ネッカーシュタイナハ駅徒歩10分 | |
地図 :(Google マップ) | |
<沿革> ネッカーシュタイナハの「四城」の1つ。四城のなかでは3番目に古いとされる(2番目とも)。 13世紀にブリッガー2世・フォン・シュタイナハの子ウルリヒ1世によって築かれたと考えられて いる。1268年に嫡流のブリッガー5世が嗣子なく没すると、傍流のラントシャート・フォン・シュ タイナハ家が城を受けいだ。 1393年、シュパイヤー司教座の所有となっていた城の半分が、ヘンネ・トリーゲル・フォン・ ダウデンツェルに与えられた。この部分については、1427年時点でエーベルハルト・フォン・ アンゲラハの所有となっている。また1474年時点では、ラントシャート・フォン・シュタイナハ家 が再び単一城主家となっている。 シュタイナハ家は1653年に断絶し、1657年にはヴォルフ・ハインリヒ・フォン・メッテルニヒ= ブーアシャイトが城主となった。メッテルニヒ家の下で、四城は再び同一城主家に統一される とになった。 1753年にメッテルニヒ=ブーアシャイト家も無嗣断絶し、一時ヴォルムスおよびシュパイヤー 司教座の領地となったが、1803年の陪臣化(Mediatisierung)によりネッカーシュタイナハ一帯 はヘッセン領となり、前城はヴェーゲリヒ博士が購入した。その後、中城と後城の城主である ドルト男爵が博士から前城を譲り受けた。1925年にルートヴィヒ・フォン・ドルトが世を去ると、 養子のアレクサンダー・フォン・ヴァルスベルク=ドルトが家督を継いだ。今でも同家の事務所 として使われている。 <手記> 前城は、ネッカー川とシュタイナハ川に挟まれた細長い峰に並ぶ四城の、最も先端側にあり ます。「前城(Vorderburg)」とは、後城や中城に対する位置関係から名付けられたものと推察 されます。 四城のなかではネッカーシュタイナハの町に一番近い城ですが、残念ながら最も近づくのが 困難な城でもあります。四城のうち、前城と中城がヴァルスベルク=ドルト家の個人所有なの ですが、中城が一応脇を回って歩くことができるのに対して、前城はだいぶ手前に「私有地に 着き立ち入り禁止」の柵が設けられていて、遠巻きに塔を眺めるよりほかありません。 表題の写真の、右が前城で、左が中城です。 |
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中城側から前城の主塔を望む。 |