| オーランズブール城 ( Château du Hohlandsbourg ) |
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| 別称 : ホーランズベルク城 | |
| 分類 : 山城(Höhenburg) | |
| 築城者: ジークフリート・フォン・グンドルスハイム | |
| 交通 : コルマール駅からバスに乗り、 「ポワンカレ」下車徒歩40分 |
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| 地図 :(Google マップ) | |
<沿革> 1279年、コルマール市長ジークフリート・フォン・グンドルスハイムによって築かれた。しかし、 ハプスブルク家の領内であったため、1281年には同家からオットー・フォン・オクセンシュタイン が城代として派遣された。これに反発した、コルマール市は軍勢を送って城を奪い返した。 1363年、ホーランズベルク城はラッポルトシュタイン家の抵当に入れられた。15世紀前半には ルプフェン伯の領するところとなった。代わりに、ラッポルトシュタイン家はプフリクスブルク城を 購入している。 1563年、帝国の将軍ラツァルス・フォン・シュヴェンディがキーンツハイムなどと共にホーランズ ベルク城を買い取り、ホーエンランズベルク男爵を称した。ラツァルスは中世来の城館の周囲に 外郭や稜堡を増築して、ホーランズベルク城の近代化を図った。 三十年戦争中の1633年、城はスウェーデン軍に包囲され、大きな戦闘もなく陥落した。数年後 には、フランス軍によって徹底的に破壊されている。 <手記> フランス語ではオーランズブールですが、現役当時はドイツ語圏だったのでホーランズベルクと 呼ばれていたはずです。ただし、ベルクは山でブールは城の意、オーランズブールをドイツ語に 直訳するとホーランズブルクなので、おそらく仏領になった際の誤訳でしょう。ホーランズベルク とは「高地の山」という意味で、和訳すると「高山城」といった感じでしょう。ちなみに偶然ですが、 日本の飛騨・高山市とコルマール市は観光姉妹都市なのだそうです。 そんなオーランズブールは、コルマール南西のヴォージュ山脈の一峰に築かれています。車で あれば城に立派な駐車場が併設されています。私はそこからプフリクスブール城→オーランズ ブール城→アグネック城→三城→エギスハイムと、1日かけて歩きました。 オーランズブール城の一番の特徴は、何と言っても岩山の上に築かれた中世以来の城館の 周囲を、近世の砲撃戦を意識した長方形の高い城壁が巡っている点です。城内から見れば、 なんともアンバランスな感じで、麓などから見上げれば、山の上に宗教施設か何か怪しい建物 があるようにしか見えません。また要塞にしては稜堡が北側に張り出した大手曲輪に付属して いる小さい1基のみで、城壁も薄く、17世紀以降の近代戦には無力だったでしょう。三十年戦争 であっさり占領され、破壊されてそのまま放棄されたという歴史がそれを物語っています。 城跡は有料で開放され、広い郭内はイベント会場などとして利用されているようです。中世の 古城部分は廃墟のままで、周囲の要塞城壁やそれに伴う建物が修復されています。そのうち の南側の建物はカフェらしいのですが、土曜の昼にもかかわらず閉まっていて、城跡でビール と洒落込みたかったのですができませんでした。東辺の建物は資料館を兼ねているようですが、 こちらも開いているのかいないのか分からず、なんともフランスだなぁ~と思いつ^^; ちなみに、コルマールのウンターリンデン美術館には、1830年代の城内を描いた絵画があり ます。近代初期の城跡の様子がうかがい知れる、貴重な資料といえるでしょう。 |
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| 山麓からオーランズブール城を見上げる。 | |
| 三城から望む。 | |
| 駐車場から環状城壁を眺める。 | |
| 大手口と堀に架かる橋。 ここだけ空堀になっています。 |
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| 大手曲輪とチケットデスク。 | |
| 大手曲輪の奥の武者溜り。 | |
| 北端の稜堡。 | |
| 中世の古城(左)と16世紀の環状城壁(右)。 | |
| 古城入り口付近のようす。 | |
| 古城跡を眺める。 | |
| 古城の建物跡。 | |
| 古城跡からコルマール方面の眺望。 | |
| 古城脇の建物内部。 | |
| 北辺の環状城壁。 | |
| 北端の稜堡を見下ろす。 | |
| プフリクスブール城を望む。 | |
| 西辺の環状城壁。 | |
| 西辺から古城跡を見渡す。 | |
| 南辺の環状城壁。 | |
| 南辺から城内を俯瞰。 | |
| 三城を望む。 | |
| 東辺から城内を俯瞰。 | |
| 東辺の展望台からの眺望。 | |
| 私の好きな銃眼からのアングル。 | |
| 城内から古城を見上げる。 | |
| カフェが開いてなかったのでビールの代わりに手持ちの水で乾杯! | ![]() |
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ウンターリンデン美術館所蔵の 1830年代の風景画。 |