亀山氏砦(かめやまし)
 別称  : 城山堡
 分類  : 山城
 築城者: 亀山氏
 遺構  : 曲輪、土塁、堀
 交通  : 近鉄大阪線名張駅からバスに乗り、
      「ゴルフ場前」下車徒歩10分


       <沿革>
           亀山氏について、詳細は不明である。


       <手記>
           青蓮寺川の支流・折戸川上流の半独立山上に築かれた城砦です。はじめ南西麓の集落
          から登ろうと試みましたが、獣除けフェンスが巡らされていてゲートが見つからず断念。東の
          ゴルフ場入り口の三差路から尾根伝いに歩いて辿り着けました。
           ごく低い土塁で囲まれた長方形の区画で、北西側にはごく浅い堀切も設けられています。
          南西辺に虎口状の開口部があり、そこから麓へ向かって一直線に、登城路のような土盛り
          が延びていました。『日本城郭大系』には「下方の館推定地の詰城か」とあるので、居館と
          砦を結ぶ通路跡とも思われます。
           他方で、山の頂部に位置する、土塁が低いといった伊賀式城館とは異なる特徴を有して
          おり、なにより防御面ではほとんど役に立ちそうにありません。非伊賀式という点は西方の
          上野介城と類似しており、防御能力に乏しいという点は南向かいの布生大膳館と共通して
          います。私見としては、これらの特徴は天正四年(1576)に吉原氏が迎え入れた北畠具親
          と関連があるのではないかと考えています。具親は布生の北西にを築いて伊賀の拠点と
          し、翌年に伊勢で決起しました。
           北畠具親城から見ると、布生は織田領となった伊勢方面の出入口にあたり、こちらを監視
          する目的で、亀山氏砦や布生大膳館、そして上野介城が築かれたとすれば、伊賀式城館の
          セオリーから外れている点にも合点がいきます。

           
 西から亀山氏砦跡を望む。
南隅の土塁。 
 北隅の土塁。
北西辺の堀切と土塁。 
 北西辺の土塁を望む。
郭内の様子と土塁。 
 郭内のようす。
南西辺の虎口状開口部。 
 そこから麓へ延びる道状の土盛り。


BACK