小泉氏館(こいずみし)
 別称  : なし
 分類  : 平城
 築城者: 小泉氏
 遺構  : なし
 交通  : 伊賀鉄道猪田道駅徒歩5分


       <沿革>
           小泉氏は伊賀の名族・服部氏の庶流を称しているが、系譜は定かでない。伊賀の十二家
          評定衆(十二人衆)の1家といわれ、天正六年(1578)の丸山合戦に依那具村の小泉甚助が
          参加している。『伊乱記』によれば、甚助は同九年(1581)の第二次天正伊賀の乱において
          討ち死にした。
           『伊水温故』には、天正十三年(1585)に伊賀領主となった筒井定次が、当時の当主・小泉
          太郎左衛門の所有する名刀を所望したところ、太郎左衛門は刀を隠したため斬罪に処された
          とある。これにより小泉家は断絶し館も廃されたが、その後に定次の子が早死にしたことから
          太郎左衛門の祟りとして、霊を鎮めるため小泉の宮が祀られたとされる。ただし、定次に早世
          した子がいるという記録はない。


       <手記>
           猪田道駅南東の依名古神社境内が小泉氏館跡です。周囲より1段高くなっているものの、
          遺構はありません。また、土地改良により境内の北半分ほどが削られているようです。
           館跡の北西には、小泉氏の詰城とみられている城山城をはじめとした「三主の城」があり
          ます。城山城については、『日本城郭大系』によればかつて「コイズミヤシキ」の字が残って
          いたそうですが、他の狭間城北の城についても小泉氏関連なのか、それとも別の城主家
          がいたのかは不明です。

           
 小泉氏館跡の依名古神社。
依名古神社拝殿。 
 伊賀鉄道と依名古神社。


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