浅井氏館(あさいし)
 別称  : なし
 分類  : 平城
 築城者: 浅井氏
 遺構  : なし
 交通  : 小松駅からバスに乗り、「南浅井町」下車


       <沿革>
           『日本城郭大系』によれば、長享二年(1488)に加賀守護・富樫政親が加賀一向一揆に
          攻められ高尾城に滅んだ際、籠城方に浅井九八の名が見られるという。浅井氏の出自や
          その後については不明である。


       <手記>
           浅井氏館は南浅井町にあったとされていますが、その位置は明らかでありません。国土
          地理院地図の古い航空写真を見ると、集落と八幡神社の間に土地改良から外れた方形
          の畑地区画がポッコリ空いており、直感的にはここにあったのではないかと思われます。
          とはいえ余りにも何もないので、おそらく浅井氏は政親と命運を共にしたのでしょう。
           神社の由緒には城館や浅井氏については触れられていませんが、慶長五年(1600)に
          金沢へ撤退途中の前田利長軍を小松城の丹羽長重軍が襲った浅井畷の戦いにおいて、
          長重の馬立の場所となったと記されています。この「馬立」の意味は定かでありませんが、
          丹羽軍がここに集結したということでしょうか。
           南浅井町の西隣の大領町には、浅井畷古戦場として江戸時代に建てられた、前田方の
          将9名の墓碑があります。

           
 八幡神社。
神社と集落の間の方形区画。 
ここが館跡か。 
 おまけ:浅井畷古戦場の墓碑。


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