武曽館(むそ)
 別称  : 武曽城
 分類  : 平山城
 築城者: 横山氏
 遺構  : 土塁、堀
 交通  : JR湖西線近江高島駅よりバス
       「武曽」バス停下車徒歩3分


       <沿革>
           横山城の支城で、高島七頭の1つ横山氏の城館とされる。横山氏は、高島高信の孫の頼信に
          はじまるとされる。
           横山下野守高長のとき、浅井長政に攻められてその軍門に降った。しかし、元亀三年(1572)
          に織田信長に攻められて降伏した。翌天正元年(1573)には、同じく信長に降った南西500mの
          ところにある伊黒城が、長政に攻め落とされている。このとき、武曽城で何事もなかったとは考え
          にくいが、その後の武曽城および横山氏について詳細は不明である。


       <手記>
           武曽には、日吉神社背後の山上の山城と神社南東麓の館城の、2つの城館があります。『日本
          城郭大系』では山城部のみを扱い、『中世城館調査報告書集成』では館城部も扱っているものの、
          どちらも区別なく武曽城として扱っています。両者は、居館部と詰城部として切り離せない関係に
          あったのでしょうが、史料によって扱いが分かれているので、ここでは館城部を武曽館として別個
          に取り上げます。
           武曽館跡は、武曽集落北側の道路に面した、資材置き場のような建物の裏手にあります。藪の
          なかに、はっきりと土塁と堀の跡が見受けられます。この土塁は城の北辺と西辺の一部と思われ、
          北西角の折れもあります。東面は斜面となっており、崖端の城を意識したつくりとなっています。
           
           
 土塁と堀跡。
同上。 
 同上。


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