棚木城(たなき)
 別称  : なし
 分類  : 平山城
 築城者: 棚木四郎か
 遺構  : 堀、削平地
 交通  : JR飯田線北殿駅徒歩20分


       <沿革>
           『南信伊那史料』に、「天文ノ始メ棚木四郎卜称スルモノ宮嶋式部ノ姉ヲ娶リテ住之
          箕輪城二属シテ郷士タリ后武田信玄打入ノトキ没落シテ家名ヲ失フ」とある。現地の
          昔話「長者の井」によれば、宮嶋式部は沢尻村(現南箕輪村)の長者であったとされる。
           棚木氏の出自は不明だが、これらの伝承が正しければ、棚木城は天文年間(1532
          〜55)の初めごろに築かれ、箕輪城(福与城のことか)が開城した同十四年(1545)に
          廃城となったものと推定される。


       <手記>
           棚木城は天竜川河岸を支脈の沢が削り、さらに屈曲して細尾根となった部分に築か
          れています。上の地図に示した緑点の位置に、城址標柱が立っています。標柱のある
          畑が主郭とみられ、その背後には堀跡がくっきり残っています。
           先端方面に下ると、畑が大きく段差になっている箇所があり、ここもかつての堀切跡
          と思われます。その先は民家等になっていて、遺構は不明瞭です。
           伝承の通りであれば、棚木城は十年程度しか存続していなかったことになります。
          しかしながら、とくに最後尾の堀切ははっきりしていて、遺構の残存状況は比較的良好
          といえるでしょう。
           谷を挟んだすぐ南側には中込城跡がありますが、両者が併存していたのかどうかなど
          不明な点もまだ少なくない城です。

           
 城址標柱。
背後の堀切。 
 主郭跡。
主郭下の堀跡か。 


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