吉田城(よしだ)
 別称  : 吉田土居
 分類  : 平城
 築城者: 吉田氏
 遺構  : 土塁
 交通  : 土佐電鉄小篭通電停徒歩20分


       <沿革>
           長宗我部氏の重臣として知られる吉田氏の土居城(館城)である。吉田氏は、藤原秀郷の後裔を
          称する首藤山内氏の一族とされる。初代首藤俊宗は、相模国吉田庄に住んで吉田氏を名乗った。
          後に足利氏に従って功をなし、土佐国江村郷吉田に所領を得て移り住んだとされる。
           吉田孝頼(周孝)は、長宗我部国親の妹を妻を娶り、長宗我部家再興に尽力した。永禄三〜四年
          (1560〜61)ごろに孝頼は井口城主となり、孝頼の弟重俊もそれから間もなく上夜須城主となった。
           天正十五年(1587)、羽柴秀吉に土佐一国を安堵された長宗我部元親は、大高坂城への居城
          移転を計画した。このとき、吉田氏も大高坂城下に新たな屋敷地を得ている。遅くともこのころまで
          には、吉田城は城としての役目を終えていたものと考えられる。


       <手記>
           吉田城は、国分川の支流沿いに築かれた長方形の城です。城をめぐる土塁のかなりの部分が、
          良好に残されています。城の内部や外側は耕地化されているものの、典型的な土居城としての、
          吉田城全体のようすがうかがえる貴重な遺構といえます。
           国分川を挟んですぐ対岸に長宗我部氏の居城岡豊城があり、吉田城周辺には長宗我部氏一族
          や家臣の土居が点在しています。吉田氏が長宗我部氏と切っても切り離せない関係にあったこと
          をうかがわせます。

           
 吉田城北辺の土塁。
吉田城全景。左後背の山は岡豊城址。 


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