徳川家康御殿(とくがわいえやす)
 別称  : 御殿、御茶屋御殿
 分類  : 平城
 築城者: 徳川家康
 遺構  : 土塁、堀跡
 交通  : JR御殿場線御殿場駅からバス
       「御殿場高校前」バス停下車


       <沿革>
           元和元年(1615)、駿府の徳川家康が江戸と往来する際の宿舎として、御厨地方
          の代官長野九左衛門清定が地元の有力者芹沢将監と田中割元に命じて造らせた
          いわゆる御茶屋御殿である。同時に、周辺に町場が建設され、これが「御殿場」の
          地名の由来とされる。
           寛永十年(1633)に御厨地方が小田原藩稲葉家領となると、御殿は代官所として
          取り立てられた。
           貞享三年(1686)、稲葉氏に代わって大久保氏が小田原藩に入ると、御殿は解体
          された。


       <手記>
           現在の御殿場高校南側一帯が御殿跡とされ、吾妻神社境内に石碑や説明板が
          設置されています。また本殿脇には土塁が、また参道脇には堀跡と思われる用水
          川が残っています。
           御殿場の地名の由来となった屋敷跡は、今では足柄街道から一本外れて静かな
          境内となっています。ちなみに、「御殿」としか伝わっておらず、当時いったい何御殿
          と呼ばれていたのかは定かではありません。
           
 御殿跡の石碑や説明板。
吾妻神社。 
 本殿脇の土塁。
土塁を外側から。 
 堀跡と思しき用水川。


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