葛島城(かつらしま)
 別称  : なし
 分類  : 平山城
 築城者: 片切久信
 遺構  : 堀跡
 交通  : JR飯田線伊那田島駅徒歩40分


       <沿革>
           文安年間(1444~49)に、片切久信によって築かれたとされる。久信は船山城主片切氏の一族と
          思われるが、詳しい系譜は定かでない。『探訪ブックス 中部の城』によれば、久信の後に信正・信保
          と続き、武田氏に従った。その後の葛島片切氏および葛島城については不明である。



       <手記>
           葛島城は天竜川屈曲部内側に舌状に突き出た河岸段丘を利用して築かれています。天竜右岸側
          から眺めると、なるほど島と呼ばれるのも頷ける地形です。現地には案内や説明板はなく、北西麓の
          道路脇に周辺の絵地図があり、そこに葛島城趾と描き込まれているのが唯一の表示のようです。
           おそらく3条の堀切によって区切られていたとみられ、西縁にその痕跡がみられ、台地上にも2条の
          堀跡が残っています。ただ台地東半は民家の敷地や果樹園などとなっていて、全容の把握は難しい
          状況です。
           北東1kmくらいのところには、香坂氏(大草氏)が拠ったとされる大草城があります。片切・香坂両氏
          が争っていたという話は聞きませんが、そうでなくても片切氏から見れば境目の城ということになり、
          それなりに重要性の高い拠点城だったのではないかと推測されます。

           
 中田島古城跡付近から葛島城跡を望む。
東側の沢越しに葛島城跡を望む。 
 城内のようす。
最後尾の堀切の痕跡か。 
 2条目の堀跡。
主郭の堀跡。 
 主郭のようす。
北西麓の周辺図。 
葛島城趾と書かれた唯一のもののようです。 


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