丸子城(まるこ)
 別称  : 丸子陣場
 分類  : 平城
 築城者: 豊島泰経か
 遺構  : なし
 交通  : 東急東横線・JR南武線武蔵小杉駅徒歩10分


       <沿革>
           『鎌倉大草紙』に、文明十年(1478)に平塚城で太田道灌と対峙して敗れた豊島
          勘解由左衛門尉(泰経)が、丸子城ついで小机城に拠って抵抗を続けたとある。
          この丸子城について、『新編武蔵国風土記稿』では橘樹郡上丸子村にあったものと
          しているが、同書が編纂された江戸時代後期時点で、すでに伝承などは失われて
          いたようである。
           ただし、永禄二年(1559)成立の『小田原衆所領役帳』には、石浜城主の武州
          千葉氏の領地が「小机上丸子」にも20貫文あったようで、飛び地領支配のための
          代官所程度のものとして丸子城が再び取り立てられた可能性も考えられなくはない。


       <手記>
           丸子城は、存在したとすれば、日枝神社から上丸子小学校にかけてのあたりに
          あったものと推測されています。周辺は市街地化しており、日枝神社境内を見回し
          ても、城跡につながりそうなものは見受けられません。
           多摩川の河岸にあたり、『日本城郭大系』に書かれているほど要害性がまったく
          ない訳ではありませんが、恒常的な城館があった可能性も、また高くはないように
          思います。『大系』などにある通り、城に籠って戦ったというよりは、豊島勢がここに
          陣を構えて太田勢と対峙したというのが、実際のところではないかと思われます。

           
 日枝神社門前のようす。
日枝神社社殿。 


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