茂庭西館(もにわにし)
 別称  : なし
 分類  : 山城
 築城者: 茂庭定直か
 遺構  : 空堀、土塁、曲輪跡
 交通  : 仙台駅よりバス。
       「茂庭台1丁目」バス停下車徒歩15分


       <沿革>
           茂庭氏の居城けんとう城の支城として、天正年間(1573〜92)ごろに、茂庭駿河守定直によって
          築かれたと推定されている。この茂庭氏は、伊達政宗の重臣として名高い茂庭綱元とは全く別の
          系統で、河村城主河村氏に端を発するとされる。定直も、父政秀の代から伊達氏に属し、仙台藩
          家臣として存続した。廃城時期は不明だが、けんとう城と時同じくして廃されたものと思われる。

       <手記>
           茂庭西館は、茂庭峰館と並んで、茂庭地域にいくつかある城館のなかでは登城路がはっきりして
          いる城です。茂庭西館は、峰館と同じ山系にあり、北を除く三方に深い谷が切り込んでいます。
           茂庭西館へは、茂庭台1丁目の南端角から尾根伝いに行くことができます。道はあるといえばある
          し、ないといえばないような獣道です。ただ、細尾根を南へ進むだけなので、迷うことはないと思われ
          ます。尾根を5分ほど進むと、眼前に大きな堀切が現れます。計2つの堀切を越えると主郭にたどり
          つきます。何といってもこの堀切は見ごたえがあります。藪を分けた苦労も報われるというものです。
           主郭は、堀切の大きさに比して非常に小さなスペースで、先端が櫓台状にめくれあがっています。
          その先には1段下がって副郭が設けられています。『日本城郭大系』によれば、さらに数段の削平地
          がその先にあるということですが、小さな枝木がびっしり生えていて、とても下りられませんでした。
          いずれにせよ、とても兵を駐屯させて戦うような規模の城ではなく、物見または狼煙用の城砦として
          使われていたものと考えられます。主郭の櫓台状の土塁は、副郭で狼煙を上げる際にはよく見える
          ようにするための後背の障害物として最適であったと思われます。
           茂庭西館は、仙台市内の城館としてはトップクラスの遺構を残しているといえます。しかし、整備は
          おろか案内1つないというのは残念でなりません。


           
 茂庭西館を南東から望む。
北から向かって1つ目の堀切。 
 1つ目の堀切を上から。
2つ目の堀切。 
 2つ目の堀切を上から。
主郭のようす。 
 主郭の土塁(左手)と副郭(右手)。


BACK