燕巣城
( Burgruine Schwalbennest )
 別称  : シャーデック城、シュヴァルベンネスト城
 分類  : 山城(Hügelburg)
 築城者: ウルリヒ2世・フォン・シュタイナハか
 交通  : ネッカーシュタイナハ駅徒歩30分
 地図  :(Google マップ


       <沿革>
           ネッカーシュタイナハの「四城」の1つ。四城のなかで最後に築かれたとされる。13世紀
          前半ごろにウルリヒ2世・フォン・シュタイナハによって築かれたとされるが、確証はない。
          ウルリヒ2世は前城を築いたウルリヒ1世の末子とされ、ウルリヒ1世は後城主ブリッガー
          2世の子とされる。
           1335年、燕巣城はヴォルムスとマインツの司教座に半分ずつ売却された。1350年に、
          マインツ大司教がヴォルムス側の半分も力ずくで奪い、代官を派遣したとされる。15世紀
          になると、マインツ司教座が当城を保有する価値がほとんどなくなり、1428年にマインツ
          大司教コンラート3世はディーター3世・ラントシャート・フォン・シュタイナハに抵当として城
          を譲り渡した。ラントシャート・フォン・シュタイナハ家は、四城を築いたシュタイナハ家の
          後裔である。
           1625年、ディーター8世が後継の男子なく没すると、未亡人となっていた娘のエーファ・
          エリーザベトが相続した。エーファは、1657年にヴォルフ・ハインリヒ・フォン・メッテルニヒ
          =ブーアシャイトに城を売却した。メッテルニヒ家の下で、四城は再び同一城主家に統一
          されることになった。
           1753年にメッテルニヒ=ブーアシャイト家も無嗣断絶し、ヴォルムスおよびシュパイヤー
          司教座の領地となった後、1803年の陪臣化(Mediatisierung)によりネッカーシュタイナハ
          一帯はヘッセン領となった。現在はヘッセン州の管理下にある。


       <手記>
           燕巣城は、ネッカー川とシュタイナハ川に挟まれた細長い峰に並ぶ四城の、西端の最も
          高所にあります。正式名称はシャーデック城といい、「燕の巣(Schwalbennest:シュヴァル
          ベンネスト)」の通称は、一説にはシャーデック(Schadeck)と同義であることから付けられ
          たものとされています。ただ、私の手持ちの辞書をどう繰ってみても「Schadeck」の意味は
          分かりませんでした。また、この説ではシャーデック城に拠ったことから「ラントシャート」・
          フォン・シュタイナハ家を称したとしていますが、「ラントシャート」は宮廷の役職号であり、
          私はむしろ「ラントシャート」が拠っていたことから「シャートの峰(Schad-eck)」の城名が
          生まれたのではないかと考えています。
           四城のなかでは、この燕巣城と後城のみ立ち入ることができます。四城最高所に位置
          していますが、道のりはさほど厳しくもなく、後城から5分ほどでたどり着くことができます。
          山の斜面の露出した岩の上に主塔を構え、主塔の山側に堀切を設け、おそらくそのとき
          の残土を盛って谷側に主郭を形成しています。小ざっぱりとした要害城で、本当にここに
          人が住んでいたの?という疑問も湧いてしまいますが、個人的には四城のなかで一番の
          お気に入りです。
           主塔にも、無料で登ることができます。後城の主塔に登った直後だったので、こんなに
          近いところでヒィヒィ言いながら2本も主塔に登る必要はないかな、と一瞬諦めの言葉が
          頭をよぎったのですが、目の前で結構なお歳のお爺さんがエッコラ登っているのをみて、
          さすがに負けられんと奮起しました(笑)。四城中最高所というだけあって、眺望も格別な
          ものでした。
 
 
 後城(右)と燕巣城(左)。
後城址から燕巣城とネッカー川の流れを望む。 
 燕巣城近望。
主塔を見上げる。 
件のおじいさまが登っておられます。 
 西側下虎口付近から見上げる。
主塔背後の堀切。 
 主塔からディルスベルクを望む。
主塔の銃眼から中城を望む。 


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