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廿里砦(とどり) |
別称 : 戸取砦、十々里砦、鳥取砦 | |
分類 : 山城 | |
築城者: 北条氏照か | |
遺構 : 堀跡 | |
交通 : JR中央線/京王線高尾駅徒歩10分 | |
<沿革> 永禄十二年(1559)、小仏峠から侵入した武田軍の別動隊である小山田信茂軍を 迎え撃つため、滝山城にあった北条氏照は家臣横地監物吉信、中山勘解由家範、 布施出羽守に2千の兵を与えた。横地らは廿里砦に入って、小山田軍を待ち受けた。 十月一日に砦の麓で合戦となり、『関八州古戦録』によれば、小山田勢1千余は待ち 伏せの奇計によって北条勢を破ったとされる。 翌日、武田信玄本隊も加わり滝山城攻撃が開始されたが、落としきれず、信玄は 攻略を諦めて小田原城へと転進した。その後の廿里砦については詳らかでない。 <手記> 廿里砦は、南浅川にせり出した急峻な丘陵にあります。一帯は多摩森林科学園の 敷地で、とくに山頂付近は森林研究所の試験林となっているため、立ち入ることは できません。白山神社の東あたりに竪堀の跡が見受けられるということですが、入れ ないため確認できませんでした。『古戦録』には「砦を架へ」とあることから、滝山城の 戦い時点では臨時の陣城程度のものだったのでしょう。 高尾駅から森林科学園へ向かう坂道の途中に廿里古戦場跡の説明板が設置され ていて(上の地図の緑点)、これが唯一の砦および古戦場のよすがといえます。 滝山城の戦い以降の砦については不明ですが、廿里は甲州街道から八王子城へ の最短ルートを押さえる位置にあるため、八王子築城後も支砦として利用されたの ではないかとも考えられます。 |
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京王線高尾駅から廿里砦の山を望む。 | |
自然科学園内の廿里山神神社。 | |
廿里古戦場説明板。 |