遠見番所(とおみばんしょ)
 別称  : なし
 分類  : 山城
 築城者: 真田氏か
 遺構  : 石積み
 交通  : 上田駅よりバス。横沢バス停下車徒歩50分

       <沿革>
           史料や伝承には見られず、詳細は不明である。


       <手記>
           SNSの城跡業界では、訪ねるのが大変なところとして知られているようで、そのスジの
          城仲間に教わるまで私は存在を知りませんでした。行くにはぬさもとりあえず松尾古城
          を目指し、そこからひたすら尾根筋に登っていきます。麓からの比高は550mほどあり、
          松尾古城からそれまでの倍を上がらなければなりません。
           途中に鉄塔が1本立っていて、景色が開けて休憩できるのですが、ここでまだ道半ば。
          尾根筋なので迷うことはなく、体力的にはそこまでではないのですが、体より先に心が
          折れてしまうおそれがあります。先の城仲間とご一緒したこともあり、無事にたどり着く
          ことができました。
           こうして苦労の末に到達した遠見番所は、U字型の石積みが細長く伸びる平坦部の
          中途にあるだけの簡単なものです。U字は尾根先側が開いているので、戦闘用の石塁
          とは思えません。この石積みはおそらく狼煙の風除け程度のもので、番所の名のとおり
          遠方監視を目的とする施設と考えられます。
           ではなぜこんな高所に番所が必要だったのかとなると、松尾古城との関係を考えると
          説明がつくように思います。すなわち、松尾古城からは北北東方面の眺望が開けていま
          せん。こちらは鳥居峠を越えて上州へと通じる吾妻街道が走っています。吾妻は真田氏
          が勢力拡大のベクトルとした地域です。吾妻からの知らせは鳥居峠経由で真田郷へと
          伝えられたのでしょう。それを逸早く、松尾古城からでは見えない大日向集落あたりで
          キャッチし、伝達するのがおそらくこの番所の役目だったと思われます。
           行きつくのがきつい割にはささやかな遺構ですが、それほど吾妻方面との連絡を重視
          していたという真田氏の経略方針が垣間見えるようです。

           
 遠見番所のようす。
石塁を背後(山頂側)から。 
 途中の鉄塔付近からの眺望。
 中央に真田本城
 その奥の左向きに伸びる山稜が戸石城
麓から遠見番所(鉄塔背後の一番高く見えるあたり)を望む。 
真ん中より下の、緑が繁っているあたりが松尾古城。 


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