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千田城(せんだ) |
別称 : 長田城、堀ノ内城、十村の城 | |
分類 : 平山城 | |
築城者: 里見義実か | |
遺構 : 曲輪跡、堀跡 | |
交通 : JR内房線館山駅からバスに乗り、 「岡田口」下車徒歩5分 |
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<沿革> 安房里見氏初代里見義実が、館山平野への進出を図って千田城を築き、居城を白浜城から 移したと伝わる。『鎌倉大草紙』によれば、義実は康正二年(1456)に「十村の城」より興ったと あり、『日本城郭大系』ではこの十村の城を千田城に比定している。一方『安房志』には、義実 が「居館を長田の堀内に構え」たと記されている。 ただし、義実およびその子とされる成義については、実在を疑問視する声も根強い。遅くとも 成義の子とされる3代義通までには、里見氏は稲村城を築いて移ったものと考えられている。 その後の千田城については不明である。 <手記> 千田城は、長田川沿いの舌状の丘陵上に位置しています。川沿いに県道86号線を遡ると、 神余城や山下城を通って、白浜へ至ります。県道からは丘陵先端近くの切り通し道を抜けて、 南西麓から回り込むように城山に登れます。この切り通しは堀切のように見えますが、後世の 造作だそうです。 南西から登った先も切り通しになっていますが、こちらは最後尾の堀切跡とみられています。 そこから先端側へ歩を進めると何やら鐘の設置された、開けた小ピークに出ます。おそらくここ が主郭と思われますが、削平は至って中途半端で城跡らしい地形は見られません。その先は、 少し下ってややくびれた土橋状の地形があり、その向こうにもう1つ休耕地のような平場があり ます。こちらも削平がしっかりしているとはいえず、全体としてもあまり城跡感がないのが正直な 感想です。 千田城付近は、南から来た場合、館山平野への出入口にあたる場所です。おそらく、義実か どうかは置いておいて、白浜城からスタートして山下城の山下定兼を滅ぼした里見氏が、次に 館山平野を窺って築いたのが千田城なのでしょう。しかし、そこまで時間を要さず稲村まで進出 できてしまったので、整備が中途半端なままで役割を失い、廃城となったのではないかと推測 されます。 |
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西から千田城跡を望む。 | |
背後の堀跡の切り通し道。 | |
同上。 | |
鐘のある丘。主郭跡か。 | |
土橋状地形越しに先端の削平地をのぞむ。 | |
城内から館山市街方面を望む。 |