栃穴御前山(とちあなごぜんやま) | |
別称 : 栃穴御前山砦 | |
分類 : 山城 | |
築城者: 不明 | |
遺構 : 曲輪、堀、土塁 | |
交通 : JR中央本線上野原駅から 鶴島御前山経由で徒歩80分 |
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<沿革> 明確な城砦遺構が残るものの、詳細は不明である。 <手記> 桂川流域には御前山と呼ばれる山がいくつかあり、いずれも烽火台などとして利用 されていたと考えられています。栃穴御前山もその1つで、峰続きの南東にはもう1つ 鶴島御前山があり、両者で桂川沿いの半独立の山塊を形成しています。 北西麓の栃穴集落から登る道もあるようですが、私は鶴島御前山の北東麓からの ルートを使いました。こちらの方が登山口がわかりやすく、駐車スペースもあるので おすすめですが、途中でロープに身を預けるような急崖がある点には要注意です。 鶴島ルートは鶴島御前山の項で詳述しているのでそちらを参照してください。 栃穴御前山の背後もロープが下がっている急峻な斜面で、両御前山を一度に訪ね るなら、どちらにしても縄登りが必要ということになります。この急斜面の下の鞍部は ごく浅い堀切状になっているのですが、ここに堀を設ける理由があるかは、ちょっと 疑わしいところです。 斜面を登った先が栃穴御前山頂上の主郭で、背部が小さな櫓台状の土塁となって います。主郭は上下2段になっていて、下段の先端側にも虎口を形成するように土塁 が張り出しています。その下を仮に第二郭とすると、その先端も食い違い虎口状に 削られていて、曲輪の面積は小さいものの技巧的な構造をしています。 第二郭の下には、城内で唯一明確な堀切があります。堀切の向こうにも1、2段の 曲輪が続き、その先は自然地形となっています。 比較的整った印象ではっきり城砦跡と認められる栃穴御前山に対し、鶴島御前山 の方はほとんど人の手が入っている形跡がみられません。にもかかわらず、鶴島の 方には小俣日向守の屋敷があったとする伝承が残るのに対し、栃穴にはそういった 話は聞きません。鶴島御前山の上に人が住んでいたとは到底思えず、小俣氏の館 があったとしても、それは山麓でしょう。実戦の栃穴に対して物見の鶴島とすれば、 両御前山は相互補完的な関係にあったといえ、あるいは栃穴御前山もまた、小俣氏 の持ち城だったのではないかとも考えられます。いずれにしても、周辺の御前山の なかでは最も整備された城であり、桂川沿いの東西往来に対し、四方津御前山や 牧野砦や、長峰砦、大倉砦あたりので縦の防衛ラインを敷いていたのではないかと 推察されます。 |
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桂川橋から鶴島御前山(左) と栃穴御前山(右奥)を望む。 |
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鶴島御前山西端付近からの眺望。 中央左の緑が多い峰が栃穴御前山。 その左手奥に白塔の立つ山が四方津御前山。 そこから尾根続きの中央右手が牧野砦。 |
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背面崖下の鞍部。 堀切跡かどうかは微妙なところ。 |
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山頂の主郭。 奥に櫓台状の土塁が見えます。 |
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主郭を上下2段に分ける段差。 | |
主郭下段の削平地。 | |
主郭下段先端部の張り出し土塁。 | |
第二郭のようす。 | |
第二郭先端の食い違い虎口状の造作。 | |
第二郭下の堀切。 | |
堀切の先の曲輪。 |